今日は、板橋社長とホテルイースト21で「飲食ビジネス元気会」の発足の前打ち合わせを行いました。
台風が最も接近している中で、外は大荒れのなかで行いました。
骨子を何度と無く見直して完成させて行くのですが、決定は、世話人会が結成してからになるもので、そこからスタートです。
しかし、この元気会は、ビジネスを中心に活動する会に葉したくない。どうしたら、飲食店の経営者の役に立てるか、この問題を意識しないで安易に走るつもりなど全く在りません。
私は、これまで一人で色々な活動をしてきましたが、殆どの仲間はビジネスを目的でしたので、一般飲食店にはお役に立つことは出来ませんでした。
結局、企業や商人たちの餌食になってしまうのが結論です。
これを飲食店を誘い込んで拡大しようとしても、共感を持ってもらえるものではありません。
私は、ビジネス会員は当然ビジネスを求めてくるに違いありませんが、飲食店が必要とされるビジネス、喜ばれるビジネスの提案などであれば、飲食店のお役に立てるのもと考えますので、この考えが優先していなければ、この会の目的は達成されるものでは在りません。
難しい問題ですが、この信念を貫ける会員を集って生きたいと考えているのです。
あくまでもクリーンな会の運営が出来なければ、設立する意味は無いものと言う、意見で一致して打ち合わせを終わりました。
でも、大変でした。強風と大雨の中を歩いてきたために、こうもり傘は飛ばされ、びしょ濡れで帰宅しました。
記念になる打ち合わせ会でした。
今日は、衆議院議員総選挙の投票日でしたが、帰宅が遅くなって間に合いませんでした。
今回はどうしても投票に行こうと考えていましたが、山梨から町田の方へ移動して錦糸町へ着いたのが8時過ぎでしたのでどうにもなりません。
これから、テレビを見ながら選挙の行方を見守ります。
それにしても、今日は小雨が降る中での投票日でしたので投票率はどうだったのでしょう?
今回の出張はちょっと疲れました。
こんなことで疲れるはずはないのですが、どうしてかは分りません。
今日はゆっくり休んで、明日のプロジェクトの打ち合わせに備えておきます。
今日は、明日から家を開けることになることから、クリーニングを取りに言ったり、細々した雑貨を買いに出ました。
商店街を歩いていくと、おや!何時もとはちょっと雰囲気が違うのです。
何が違うかというと、ちょっとにぎやかな雰囲気があるのです。
しかし、人出があるわけではありません。よく見渡してみると、これまで締まっていた八百屋さんがまた店を開けていたのです。
今日、開店したのかどうかはわかりませんが、間口の広い店が新たに開業したことから、商店街全体に活気をもたらしていたのです。
しかし、この並びにスーパーともう一軒の八百屋さんがあるのでこれで数メートルのなかに3軒の八百屋さんが出ていることになります。
今日のところは、子の新しい八百屋さんにお客が集まっていますが、今度はもう一軒の八百屋さんが店を閉めてしまうのではないだろうか。
とにかく寂れた商店会では生き残りを賭けた営業が続いているのです。
こんな商店街で、"飲食店甲子園"などのグループを編成して開いてる店を埋めてみたい!
そんな思いを抱きながら買い物を済ませました。
今日は、クライアントのコンサルティング訪問日です。
内容は、色々な打ち合わせと経営無料相談会です。
今日は3名の経営無料相談者がおりますのでこれを済ませて、から打ちあわせをすることになっている。
つきに二階の訪問とこれに経営無料相談会がついているが、毎月二回の相談者は予約制ですが殆ど埋まっている状態が続いている。
何とかクライアントの業務に繋がってくれば良いと考えているが、これもサポートコンサルティングの一環ですので、業務に繋がらないまでにも、この会社の取引様へのお役に立てれば、それで役目は果たせていることになる。
さて、前回はとんでもないミスをしてしまったのできょうは、早めに出かけることにしよう。
今日、倒産情報誌を見たら、悪徳コンサルタント会社の倒産とその忠告が入っていた。
不景気になって一段と増えているのが企業倒産ですが、これらの会社を利用して詐欺的コンサルティングをしている会社が増えていると言うのです。
根拠もないビジネスへ多額な投資を持ちかけたり、壮大なプロジェクトをくっつけて大金を稼ぐコンサルタント会社が増えているのです。
事業不振に困っている会社を見つけては、金儲けを勧めては荒稼ぎしている会社です。
このグループ会社が47億9,000万円の負債を抱えて倒産した。
不況時代になると、このような詐欺まがいのコンサル会社が現れるのが常の様になっています。
我々のような飲食ビジネスコンサル会社とは違って、仕掛けが大掛かりですのでこれらに関わる会社も大きな投資を計画しているので、このような社会問題になってしまいます。
しかし、このような大きな問題になれば、このような悪徳コンサルタント会社も浮上してくるのですが、これに似たような小さな悪徳コンサル会社も多く見受けるのも事実です。
老子の言葉に"無為を為せば、治まらざるなし"という教えがありますが、人間は、小賢しさに溺れ、欲望の奴隷に堕落し自分を失うことになる。
まさに、少しばかり賢いために変な欲を求めて失敗する人、こういう人は多いものです。
気をつけなければならない現代のビジネス企業への警告ですね。
今日は、早朝からハルピンから電話があったのです。
非通知であったことから最初は出なかったのですが、二階も掛かってくることから出てみると、日本に前に留学していた中国の女の子からです。
しかも、結婚して赤ちゃんが生まれるとの知らせで、子の子は、料理が上手で生き方はいい加減な子でしたが、何かと私を気遣ってくれている子です。
歌が上手で、いつも子の子の歌を真似しましたが、やっとお母さんになるとの知らせで落ち着いたんだな~。という思いです。
旦那の方も私の知り合いで、ハルピンで日本語の大学の先生をしている夜のことでしたのでこちらの方も安心です。
とにかく、中国人は日本にいるときには何かとべたべたしてくるものですが、帰国してからもこうして色々心配してくれる子は少ないのが事実です。
私が目が悪くて大変なときにも、心配してワザワザ中国から電話をかけてきてくれたり、涙を流してくれるほど優しい女の子です。
こんど、中国へ行ったときには会いたいな~、と言ったら、来年旅行に行くよ!って言っていました。
とにかく元気で何よりです。日本の中国人とのお付き合いは殆ど無くなりましたので何と無く懐かしい思いでした。
親戚の中華料理店を飛び出し、私はコンデンサーの製作所へ就職しました。電気関係の仕事に尽きたかったことと、電気系統の元になるコンデンサーの会社にいることによってチャンスが生まれると考えたからでした。
そこで、下宿させてもらっていた家の三男と友人になり、彼が努めていた東京時計と言うとラベルウォッチの製造会社へ入社し,精密機械を学ぶことになったのです。
配属は、歯切りという仕事で、時計の針を動かす歯車の製造です。100分の一の精度を保つのですが、この仕事は電気関係の仕事とは全く別なものでああリ、会社の方へ職場の変更を申し入れちたのです。
私は、茨城県の北部にある山村「大子町」という田舎で育ちました。東京から疎開して育てられたのです。自然に囲まれたとてもいい町ですが、育った当時はとても不便な町としか覚えていません。
私は、父親が戦争でなくなり、母親とも一緒に生活をしたことは無く、常に祖母と女中さん二人の女の中に囲まれて育ちました。
母の姉妹3人も全て女性であったことから、とても可愛がられて育ったことを覚えています。
しかし、父が残した財産を田舎に疎開して、祖母が私を育てるために農地を買い込み、小作人を集めて貸していたのです。
今日、上海の知人からパン屋さんの開業について手伝える人を紹介してくれとの問い合わせがありました。
私の会社には、フードエンジニア部門がありまして、この部門は製菓製パンのシステムコンサルティングを引き受けていることから、とりあえず調査をすることにしました。
しかし、その方の話を聞いてみると、単に上海で流行っているパン屋さんの経営をしたいという願望を持っているだけでした。
上海でのビジネスは、多くの人が一攫千金を求めている商人で溢れています。こういった人は、日本の営業システムを購入しようなどと考えてはいないのです。
何とか知恵を借りて、お金儲けができればと言う都合の良い考え方ですから、うっかり話しに乗ってしまうと、利用されるだけされて全く仕事になることはありません。
このパン屋さんの依頼も同じようなことになっては、プロジェクトのメンバーに迷惑が掛かりますので、その確認をすることにしました。
しかし、日本人のビジネス感覚と中国人のビジネス感覚が全く異なることから、個人レベルの商人とのビジネス契約は危険です。
そんなことを考えながら、質問表を今日送りました。
本当に、事業化を考えての申し込みだったのでしょうか興味があります。
最近では、上海に繁盛しているパン屋さんが沢山生まれていますが、やはり日本のパンやフランスのパンには人気が集中しているのも上海人の食生活が向上している証拠なのでしょうね。
今日は、元気会の世話役人をさせて欲しいとの経営者と合うことになった。
これから、この会を全国へ広めていくには、協力者が必要になることから、お願いすることにしたが、この会はあくまでも飲食店の経営をサポートしながら活動していくことになるので信念を持った人でなければ、難しいことを説明して分かれました。
今後、このような経営者を集って、飲食店が元気になれるようなセミナーや座談会などを開催していくことになることから、全国の知人、企業へお願いしていくことになる。
また、店舗クリニックのアシスタントも募集品ければならなくなります。
現在、関東地区と東海地区にはお手伝いをしてくれるアシスタントがいるのですが、これを各地方にまで広めなければならないのです。
交通費をクリニックを依頼された店へ負担をかけないことにしようにするにはこの方法しかありません。
そこで、このたび知識のある方や飲食経験のある人を求めていたのですが、この世話役を引き受けてくれる方もこれを承知してくれましたので、今後は一緒に仕事をしていけるものと思っています。
とにかく、仕組みが出来上がり、それを動かすまでは大変ですが、これからは、仲間作りとその人たちとの活動を中心にした仕事にしていきたいと考えています。
毎日、こうした事で動いているために充実した毎日を過ごしています。
(10)より続く
中山公園店の「京都ラーメン」を閉店を決めることになった私は、従業員の全員解雇に当ることにした。しかし、一号店は営業を続けることにしていたことから、その中から数人の人材を残して全ての従業員を解雇することにしたのである。
と
ころが、給料日、ゴタゴタが起きてしまったのでした。中国ではサービス業に従事する従業員へ「三金」と言われる日本の社会保険的税金を雇用側が政府の事務
所へ支払うのですが、その金額は、支払い給料の38%に相当するのです。ところが、王君はこの費用を含む金額で従業員の雇用をしていると言うのですが、契
約書もありません。
彼らは、これを言い訳に、直接自分たちに支払って欲しいと言い出したのです。
このルールを破るわけには行きません。ところが、この保険税には不公平な部分があったのです地方出身者と上海在住者では、全く異なるのでした。
(9)より続く
こうして中山公園店がオープンしました。
折角のオープンでしたが、私は上海へ行くことができずに彼らに任せたオープンです。
報告では、なんとも凄いお客様で1日400人以上のお客が来店したと言うことでした。
日本では、社員達も祝福していましたが、私には不安がありました。
日本のラーメン店ですから、最初は興味半々で来店してくれるに違いない。しかし、本当に満足してもらえる商品、サービスだったのだろうか、とても不安だったのです。
それから一週間後、私は上海へ行きました。早速、二号店の中山公園店をチェックしたのですが、ちょうどランチタイムが終了したばかりでしたが、お客が店内には未だ満席でした。
しかし、お客の表情は決してよくありません。商品提供が遅すぎるのです。あるお客は、怒って帰ってしまうし、オーダーを間違えているし、それでもお客が多いからフォローもしていないサービス担当者。
このところ、インターネットの学習が続いています。
何れにも独学ですので、IT用語から全く分らない状態です。
しかし、これを使うのは出来るいるのですが、つくるのはちょっと面倒です。
ホームページの立ち上げは何とかできましたが、それ以上のテクニックを身につけるには、やはりサポーターが必要です。
私の場合は、プロバイダーやIBMのサポーターにお願いしていますが、本当に親切に教えてくださるので助かっています。
でも、問題があります。
色々いじりすぎて、データーの混乱です。
これを整理しないとより理解できなくなる恐れがあります。
今後は、この整理のサポートをお願いして行こうと考えています。
それにしても理解力が弱いのかな~。
何回も同じ過ちを犯してしまうんです。
とにかく、近くに色々なメンバーがいるのですが、なかなか教えてもらうとなると、仕事をいっしょにしているとかの絡みがないと難しいですよね。
それでも、インターネット効果を気にしている私にとっては重要な問題ですので、真剣に取り組んで生きたいと考えています。
今日、店舗クリニックのファイルを作成しましたので、会社のホームページから検索してください。「http://www.jfc.co.jp」
この2~3日、テレビのニュースで新インフルエンザの流行がまた再来しているとの事です。
今度は死者も3名出ているみたいですが、大変なことです。
しかし、高齢者や持病を抱えている人が今のところ無くなっているので、体力的にもたないのではないかな~、なんて素人判断しています。
しかし、このウィルスが見つかってから世界中に広がり、日本では一時治まったかに見えましたが、また浮上してきました。
しかし、中国では気を緩めていないみたいですね。
友人いわく、空港や駅などでこの防止対策が続けられていると言っていました。
日本人は"熱くなり易く冷めやすい"と言う性格の人が多いことから、"喉もと過ぎれば暑さ忘れる"的人種ですので、直ぐに警戒心をなくしてしまいます。
それはそれで良いのかもしれないが、私と同じで同じ過ちを何回も繰り返す人種と言うことなのですね。
二号店の立地をこの中山公園地下鉄ビルに決めた私は、いよいよ、契約交渉に入ったのです。
しかし、通訳を専門家に任せるべきであったが、これを王君夫婦に任せたのは
大変な誤算でした。
このビルはガス燃料が使えないのです。電気調理でラーメンを作ることができません。しかも、中国の電気料金はべらぼうに高いことから、これで前に進むことができなくなっていたのでした。
そこで、一号店を利用して、スープと麺を加工して中山公園店まで運ぶことにしました。
そこまで決定して、私は一時帰国したのですが、その後王君が暴走を始めたのでした。
日本の会社へ報告もせずに新車のワゴン車を購入してしまいました。理由は、スープと麺を運ぶためと言う理由です。
こうして、半年近くたったあるときのことです。名古屋に会社を持っている中国旅行者の社長から、中国でラーメン店の展開をしたいとの申し入れがあったのです。
ここから、私の苦悩がはじまったのでした。
依頼を受けた私は、その社長と会社の海外担当社員を連れて、中国へ調査に出かけました。
長春から吉林、そして北京から上海へ。
このそれぞれの地に旅行会社の社長がいるとの事で挨拶と打ち合わせに出かけたのでした。
上海では、前の店の従業員さんが待っていることから安心でもありました。
5,000万円を残すばかりになったこの店の経営は、一向に売上が伸びずに苦悩するばかりです。それをさ探ってみると、店の管理が殆ど出来ていないのです。
何回と無く注意、指導、改善をするのですが、つきに一回、日本から上海へ来ると、もう何もかも変わってしまっているのです。
この原因は、現地社長の王君が従業員へ、日本から先生が来たときだけは言われたことをやるように!と言い聞かされていたのです。
したがって、レベルは下がるばかりでした。中国人の低レベルで管理されているのですから、この大型飲食店が維持できるはずはありませんでした。
そんな時のことです。ビルのオーナーから呼び出しがありました。
私の経歴を信用して賃借契約を結んであるために、私が出向くほかありません。
オーナーは台湾人で温厚な様子でしたが、取り巻きの社員は上海人ですので、話がけんか腰になってしまいます。
内容は、何と、家賃が一年以上も支払いしていないと言うことでした。
中国では、経理担当者を現場に勤務させているのですが、全てが貸借表に載せていなかったのです。
つまり、支払っていない金額を帳簿上記入しておいて、そのお金を運用していたのです。
資金繰り的には合っても、負債項目が不明だったのです。
こうして一ヶ月7万元、日本円にすると105万円の家賃ですから、すでに1200万円以上の家賃未払いが発生していたのでした。
私は彼を問い詰めてみると、外のエスカレーターの故障で、大家さんが休業補償をするということがまた実施されていないことや、厨房のダフト工事が共同なので、大家さんからその工事配分金額がまだ出てこないと言うことでした。
それにしても、大変な金額ですから、日本の二人の社長と共に相談すると、現地社長の王君が、「このまま店の赤字を続けながら1200万円の家賃を払うならば、閉店した方が良い!」
と言う話が出ました。
決して赤字にはならない状態なのに、管理が出来ない状態と、日本から経営管理を攻められることに懸念しての逃げ腰でした。
私は、経営指導者の立場ですので、この話に口を挟むわけには行きません。
それどころか、これまで教育してきた従業員が全員、私に着いて来ると言って、会社を離れようとしないのです。
彼らには、マニュアル教育から意識教育まで一年以上も施してきたのですから、意識も高まっていたのです。
しかし、店は閉店をすることに決定。
彼らは解雇されました。だが、彼らは4人が一部屋を借りて私が何か経営をしてくれると信じて何処にも働きに出ないのでした。
それどころか、上海まで列車で5時間以上も掛かる地方からワザワザ私が上海へ入ると愛に来てくれる元社員が続出でした。
突然の解雇に、生活もままならないだろうに、これほどまで信じてくれる彼らを単に見捨てることも出来ず、上海へ行くたびに仕事に就けるまでの生活費を渡してきたのです。
自分のできることの範囲で月に10万円くらいでしたが、これを両社長へ伝えることはありませんでした。
こうして、半年近くたったあるときのことです。名古屋に会社を持っている中国旅行者の社長から、中国でラーメン店の展開をしたいとの申し入れがあったのです。
ここから、私の苦悩がはじまったのでした。
私の周りには、占い好きな人間が結構おおい。
大体、情緒社会になると、一般的に見えないモノ・事を何とか見てみたいと言う心境になるらしい。
そんな中に、占いを実践している人もいる。それは私の知人である上海の小谷 学氏です。
かれは、何かと占いや予言などに長けているらしく、ファンも多いようです。
私のことでも何かとアドバイスをくれるのですが、どうも私はその手が苦手なのです。特に、見えないものへ対する不安が潜在しているからに他ならないのです。しかし、彼を否定しているわけではありません。
そんななかで、この夏休みを利用して、「易経」と言う中国思想の一巻を改めて読んでみることにしたのです。
これまで、軽く読んで本棚にしまっていましたが、小谷氏のいろいろな話にちょっと興味を持ったために、改めて読むことにしたのです。何故ならば、易経は、中国の儒家たちが学んだ書物の一つであった事にあります。
何年ぶりだろう!余りそのような意識を持って読まなかったものですから、余り記憶に残っていませんでした。
そこで、改めて少しだけ紹介してみることにします。
まず、易という文字ですが、これはトカゲを象徴文字にして生まれたそうです。
文字の頭にある日はトカゲの頭と目を表現し、勿と言う字から体と足を表現していると言います。現在の易は「周易」と言う形で論理、哲学の書として整えられたと言うのです。
しかし、神秘性が付きまとうこの占いと言う行為は、発生当初は原始的な呪術だったといいます。
しかし、現在ではこの神秘性が排除され、人間自身による問題追及と言う性格が押し出されています。
易経の占いは、神の託宣ではなく、易に示される吉凶は宿命ではなく、従うべき法則を示すことによって、運命開拓の努力を促すものだと言います。
易は、そのなかから生まれたヒントから人間が自由に連想を働かせて自分の持っている問題を考えるツールとなることを改めて知った一日でした。
なるほど、小谷氏が言っていることが少し分りかけてきましたよ~。
やっぱり、哲学的論理なのでした。これは飲食ビジネスにとってとても大切な部分ですので更に勉強してみたいと考えています。
今日、上海の小谷さんのブログに「守護神とのお付き合い!」のコメントが書いてありました。
彼は、今、何でも「天台山」と言うところに行っているらしいのですが、いつも私のことを気にかけてくれている人間です。
私が本当に感謝している一人です。
そうなんです。彼の一言で仏像を京都から東京へ運んできたのですが、今年になって見る見るうちに仕事が間に合わないほどになりました。
これが仏像のお陰だと思うか思わないかは、やはりその本人の考え方なのでしょうね。
最近、私も彼に感化されて、現在では、中国思想で昔学んだ「易経」をもう一度読み直しています。
これは占いの本なのですが、中国思想の一巻なのです。
これまで余り興味が無かったので軽く読んでしまってありましたが、今日、久しぶりに引っ張り出して読んで見ました。
中身は、日本語で解説してありますが、殆どが中国原語で書いて在ります。
丸山 松幸さんという方が訳している本です。
しかし、これにはまったらまた大変です。何しろ凝り性ですからね!
そこそこにして読んでいきます。
小谷さん、遠方から色々ご支援有難うございます。
龍頭観音様を大切にしていきますよ!
最近では、毎朝お水も挙げていますよ。
最近ではいいことも悪いことも沢山出てきています。
この記事は、私が上海進出することになった経緯と、そのストーリーを書いています。
(5)より続く
契約も無事に終わり、内装工事に掛かりました。店舗面積は100坪強です。総投資額3,500万円。内装デザインは黒野氏が担当することになったのですが、彼は凝り性であることから、工事業者とのトラブルが相次いで中々前に進まない。
中国の工事は簡単で、黒野氏はタイルをふんだんに使用して豪華な店を作り出した。
私は、ビュッフェスタイルのコーナーをコンセプト上に描いていたことから、この部分がサラダバーとなった。
この記事は、私が上海進出することになった経緯と、そのストーリーを書いています。
(4)より続く
上海へ出店を決めた私は、この両社長と共に、物件探しに奔走したのですが、私は変わり果てた上海がもう全くリサーチが出来ませんでした。
そこで、現地の王君を頼りに調査を開始したのでした。
出てきた物件は、四川北路の角地に新築のショッピングプラザが出来ているところでした。出店予定会社として「吉野家」「ユニクロ」「ピザハット」などの日本企業が予定されていたのです。
さらに、この地域は昔日本人の疎開街であったことや将来的に、南京東路と同じように歩行者専用道路になるということで、立地的には申し分のない立地を選んだのです。
しかし、このビルのオーナーが台湾人で両社長の実績や企業規模に関係なく、これまでの実績や信用度の高い資料を出してくれとの要求で、結局、私の出版物や経歴、などを資料として何とか賃貸契約を承諾してくれたのです。
さて、業態開発は、ハンバーグとカレーの店としました。
中国人はカレーを余り好かないのですが、スーパーにあるカレーは凄い売れ行きであったことから、必ずカレーが売れる、と考えたことからスタートしました。
また、上海は日増しに洋風文化を取り入れていることに注目して、ハンバーグも併用することになったのです。
当時は、日本のファミレスの切っ掛けがハンバーグステーキであったように、ハンバーグが流行するであろうと読んだのです。
店舗デザインは、名古屋のセントラルデザイン黒野 茂氏に決めて、商品アドバイザーには、当時、帝国ホテルの,"ラ・セゾン"の総調理長であった深沢邦夫氏、そしてアシスタントとして私の教え子である村田 祐司氏をプロジェクトとしてスタートを切った。
この現地法人の社長は、両社長が王君を任命してスタートとなったのでした。
しかし、心配がありました。まず、食材の入手です。
当時は、中国の牛肉はとてもステーキになど出来るレベルではありませんでしたし、カレーも甘口の彼が売れている実情から、商品作りに懸念していたのです。
今日、サッポロビールのマーケティング本部外食戦略部から依頼がありまして、打ち合わせをしてきました。
セミナーの講演依頼でした。飲食店の開業者向けセミナーとして10月15日サッポロビール本社会場にて行います。
また二ヶ月の期間がありますので、詳細は改めて書くことにして、今後何かとコラボレーションできればと思いまして、長時間の時間を頂き自己紹介をさせて頂きました。
担当者はマネージャーでしたが、実際に外食に携わってきているとの事で、とても力強い限りでした。
今後は、このようなセミナーを通じて実践的なサポートが出来ればと考えています。
それにしても今日は暑かったですね。
以前にこの会場でセミナーの講師を勤めさせていただいた経緯があり、懐かしく感じながらその足でsmilre編集長の竹原さんの事務所をお邪魔しまして、パソコンを教えていただきました。
本当に、素早い対応を頂いて、感謝です。本当にプロはいいですね。全てが早いですよ。
私が、素人ですので面倒だと思うのですが、分り易く教えていただいたために、もうネットへリンクしてしまいました。
まだ、レイアウトレベルですが、これからコンテンツの入力やレイアウトを考えてやり直そうと思っています。
サッポロビールの別府さん、smilreの大塚様有難うございました。
今後とも宜しくお願いいたします。
今日は、サッポロビールの本社へ午前中に訪問します。
用件は、10月のサッポロビールの開業者向けのセミナー講師として選んでいただいたための打ち合わせです。
年間10回との事ですが、飲食店を開業させるために必要となる各ノウハウの講師が講演することになろうと思いますが、私の場合には、「開業を成功させるためのポイント」と言うことになりそうです。
とにかくセミナー講師を務める機会が増えていますが、ありがたいことだと感謝しています。
今はとにかく、飲食店経営者との接点をより多く持つことが大切ですので・・・・。
現在、セミナーと経営無料相談会を通じて沢山の経営者と出会っています。
これもサポートコンサルティングが成功している証であると自負しています。
今日も、メールにて来年開業すると言う方から相談がありました。経営相談コーナーからの問い合わせでしたが、返信しているうちに、少しでもこうした開業希望者が安心して経営者になれるようなサポートを続けていくことが今後の仕事であることを感じさせられました。
とにかく、今日は、サッポロビール本社へ行って、4時にはホームページのアドバイスをもらいに竹原社長のところへ行ってきます。
この記事は、私が上海進出することになった経緯と、そのストーリーを書いています。
(3)より続く
海外事業計画を引き受けることになったわたしは、早速、事業計画書の作成と共に、中国の出店立地調査に入ることになりました。
まずは、富田社長が深川とは別に北京にも営業会社を設立してあったことと、私の友人が北京にいることから、オリンピックを控えて話題になっている北京から調査を始めることになったのです。
北京の中心街「王府井」を見学、そこに"麺愛愛"を見つけました。
日本のラーメンを提供しているのですが、食べてみても余り美味しさはない!
しかし、北京でスタートするならば、麺ショップが有利と見て帰国したのです。
次に、私が修行していた上海へ調査に入りました。
上海の浦東空港に着くなりびっくりしました。私が修行していた当時は、国民服に身を包み、自転車やオートバイに乗って朝夕は道がふさがってしまうほどでしたのに、高速道路にはイルミネーションが施され、もう全く違う町へ変貌していたからなのです。
この上海には、もう一人の社長の知人がいて、この知人と共にリサーチをしたのです。
彼がこれから私の会社へ携わることになる"王君"でした。
彼は、学生時代に東京にいたらしく、日本語が上手でいい男でした。年齢は30代後半で子供が一人いる生活でした。
彼の案内で、上海を3日間かけて歩きました。
しかし、どこへ行っても人だらけです。しかし中心街には日本と同じようなデパートが立ち並び、そこを利用するお客様も日本の買い物客と余り変わらない様子でした。
私が働いていた「梅龍鎮酒家」のまえにも日本のデパートが出来ていました。
私は、北京よりも上海の方がビジネスにはむいていると言うことを感じて、富田社長へ伝えたのです。
「社長!出店は上海に決めましょう!食生活がドンドン向上しているこの町ならば、何でもやれます。しかも、オリンピックが終われば直ぐに世界博覧会が上海で開催されることから、当分は上海で有名な店にして北京、広東、大連と伸ばしていきましょう。」
こうして、私の提言によって一号店は上海へ出店することに決定したのでした。
今朝、別途に入ったのが4時半ゴロでした。
それから間もなく、ものすごい揺れがありました。
ちょうどテレビをつけたまま寝てしまっていたので、ニュースが直ぐ流れました。
緊急事態ニュースですから、寝ぼけ眼の中で何とか理解できました。
地震だったのです。
しかし、私は当初、先日あった地震の夢を見ているものと勘違いしていましたので、何か緊張すらありませんでしたが、余りに揺れが大きいことからやっと気がついたのです。
これは先日の夢ではなく、今地震が来ているんだ!
ニュースでは外に出ないで机やテーブルの下に隠れてください!とのアナウンスでした。
しかし、ベットから出たくない私は、暫く、床に入ったままです。
鉄筋建てのマンションがギシギシと音を立て揺れているのですからとても怖い状況でした。
私の心配は部屋中に本箱があり、その本箱にはものすごい数の本が詰まっていることから、これが倒れてきたら、もう、ひとたまりもありません。
朝から今日のニュースは、その地震のことばかり。何でも駿河湾沖が震源地と言うことです。
東海地震には繋がらないと言うことで一安心ですが、このように毎日のように大きな地震があると、大都会に住んでいることが不安ですね。
この記事は、私が上海進出することになった経緯と、そのストーリーを書いています。
(2)より続く
帝国ホテルのロビーにて10人近い男たちの会議が始まりました。
まず、相手方のもう一人の社長が口火を切りました。
「先生!私たちは中国でこれまでに沢山儲けさせていただきました。現在でも、富田社長は上場会社にまで成長させてゴルフクラブメーカーとしては、私とライバルなのですが、面倒を見てもらっています。」
今日は、色々な事務仕事をしながら、これまで手をつけていなかったホームページのリニューアルを考え、デザインをしてみました。
アップはまだ先になりますが、とにかく、飲食ビジネス系列のホームページをもっと増やして行きたいと考えています。
アドバイザーに、Smilreの編集長の会社へお願いすることにしました。
このホームページは、上海の小谷氏がドメイン取得してくれたものですが、私の知識が浅いために、改善できないままいましたので、これを新しいホームページとして「飲食ビジネス元気会」へ切り替えて運営していきます。
もともとは、フードエンジニアリング部門として立ち上げたjapan-food.biz/ですが、このドメインを新たなホームページとして立ち上げることにしました。
このホームページは、今後、飲食関連の業者様並びに飲食店経営者が集い、情報交換や相談会、セミナーなどを開催しながら、皆が元気になる会にしていきたいと考えています。
仕組みは現在進行中ですが、近いうちに完成しますのでまた、紹介します。
とにかく、今は多くの仲間が集まって、元気になることが何よりも大事であると考え、この会の設立を一部の仲間と共に勧めることになりました。
私は、コンビニやファーストフードと言う簡便性ショップを余り利用しない性格なのですが、最近、どうもこの簡便生活になってしまっています。
それというのも、仕事が中途半端になっているからに他かなりません。
一日中家にいることも無く、と言って定刻に帰宅することもないのですから、食事の準備や買い物も出来ないのです。
こうなると、必然的に簡便生活に頼るほかありませんね。
チョッとした食事は、最近新しくオープンした「すき家」で牛丼セット、でも毎日と言うわけではないですが、その日食事をしていない場合は、帰宅時にバスを降りて
からすき家へ直行です。
さらに、コンビニで弁当、もしくはパック寿司やそばなどを購入するほかありません。
この理由には、帰りが遅いと、殆どの商店が締まっていまして、買い物も出来ないのです。
また、飲食店といえば、殆ど開いている店はありません。ですから、外食も食事を準備すすこともできないでいるのです。
こんな生活、何時まで続けるつもりなのかな~。
私が中国進出を果たした経緯と、その経過を書いてみることにします。
これは、私が中国進出を考えている方々に何らかの参考にでもなればと言う思いで書こうと考えています。(1)から続く
帝国ホテルのロビーに集まったこの会社はどのような会社なのか全く分らなかった。
その中に一人、どうもこの会社の社員ではない、もう一人の社長がいることが分ったのです。
その社長がいきなり今日の話の口火を切ったのです。
「始めまして、私は、こう言う者ですが、こちらがA社の富田社長です!」
この紹介された社長と、富田社長とは、どうも同業者らしいのでした。
この紹介が済むと、この富田社長が穏やかな口調で話し始めたのです。
「実は、原田 諦先生!わし等は、中国の深川と言うところで、ゴルフクラブの製造をしておりまして、香港市場へ上場している会社です。」
私は、この物々しい感じに何と無く堅苦しくなりました。そこで、
「はあ~、しかし、私にどのような御用なのでしょうか?どこで、我社を知ったのでしょう・・・・?」
このように聞き出したのでした。
すると、
「実は、私どもは、何社かのコンサルタント会社へ問い合わせたのですが、貴方の会社の受付の電話対応が一番素晴らしかったので、このようにキチンとした教育が行き届いている会社ならば、大丈夫だろうと言うことで、原田 諦先生の会社に決めようと相談したのです。」
何でも、この社長たちは、仕事の依頼をしようとしていたのでした。
それも物々しく、8名社員を引き連れて物々しい様子に私は、些か大げさな人たちだな~、
と言う風にしか捕らえていなかったのです。
今日は、かって今までにないミスを犯してしまいました。
今日の予定は、クライアント様の訪問予定日でしたが、その前に弁護士の先生との打ち合わせが急に入ったために、そのことばかりが頭にあって、クライアント訪問を忘れてしまったのです。
その会社の部長より、二時間半以上も過ぎてから連絡を頂き、ハッとしたときにはすでにどうにもならない状況でした。
幸い、田町にいたので近かったのですが、連絡もせずにすっぽらかしてしまったのです。
社員の勉強会でしたのに大変なミスを犯してしまいました。
それにしても、こんなことを今まで下ことがありません。どうしてこのようなミスを犯したのか反省しています。
とにかく、昨夜は、赤い壺さんの宴会料理を作って、疲れたので3時ごろに寝たのですから睡眠時間もたっぷり取ったのです。
本当に恥ずかしい思いをしてしまいました。
今後は絶対このようなことが起きないように、ボードスケジュールに変更しようと考えます。
そろそろ、秘書が必要になっている状況なのかもしれません。
本当にご迷惑をかけた会社の皆様お許しください!
私が中国進出を果たした経緯と、その経過を書いてみることにします。
これは、私が中国進出を考えている方々に何らかの参考にでもなればと言う思いで書こうと考えています。
平成2年3月、今日と事務所に一本の電話が鳴りました。
当時、私は京都の地域産業に関わるコンサルティングをしている最中でした。
今日は、上海の小谷氏が東京でセミナーを開催することで、錦糸町まで出向いてくれましたので、駅ビルの飲食店で食事をしました。
彼は、タフな男ですので相当ハードなスケジュールだったでしょうが、元気で安心しました。
夜は、インテリア・コンサルタントの板橋社長と小谷氏と一緒に居酒屋で食事でした。
なんともこっけいな話ですが、三人ともお酒が飲めず、ウーロン茶で食事。
板橋社長はアルコールはいけるとのコトでしたが、出張の帰りで運転しなければならず、ソフトドリンクで我慢です。
周りの客席を見渡しても、大の男が三人もそろってウーロン茶で喋っている様子はちょっと異様な雰囲気でした。
それでも、仕事の話に花が咲き、12時過ぎに分かれて帰宅です。
今日は色々と大変でしたが、仕事の仲間との会話は、いつもわくわくしています。
昨日、郵便受けに暑中見舞い状がはいっていたことから、その返信とともに、自分も書くことにしました。
結局、現在朝の4時ですが、まだ中途です。
しかし、今日は、店舗クリニック業務がありますので早めに寝ないと大変です。
それでも、一度始めて締まったことを中途で止めるのも何と無く気持ちが悪いのです。
でもちょうど、はがきが無くなって区切りが付きました。そこで、明日帰り道にはがきを購入してきて残りを書くことにしたのです。
全ての人に書くことは出来ないと思いますが、あまり行き来をしていない方へ出そうと考えています。
携帯電話並びにインターネットの不具合で一部の方々にご迷惑をおかけしました。
着信が以上にあり、全てがセンター預かりになってしまっていました。
本日、電話会社へ行って解決しました。
ご連絡いただいた皆様には大変ご迷惑をおかけしました。
まだ、一部の方にはメールが不通の会社もあるみたいですので、明日に調査をいたします。
本当に今回は大変でした。
今日は、一日中、メールと電話でこれまで頂いた返信をさせていただいております。
ごめんなさい!
ゴルフ界は石川遼くんの優勝と宮里 藍ちゃんの活躍が目立っていますが、飲食業界では相変わらず、経営者よりも業態への注目が主流になっています。
業態開発が注目されていると言うことは、飲食業界が淘汰されてきていることを意味するものですが、早く新業態が消費者へ浸透するような努力が必要になっています。
このところ、ゴルフに限らず野球にしてもサッカーにしても世代交代の時期がありありです。
ビジネス業界において、この世代交代が進んできたときに、本当に活気付くのでしょうか。
不安ですが、期待は大きいですね。
経営者の中には、爽快な気分にさせてくれる人も居れば、最後は醜さを丸出しにしてくる経営者もいます。
とくに、最近では、経営者の性格が丸見えになっています。
不景気と言うか、経営が順調に運んでいるときには、結構はぶりの良い経営者も一旦不況の波に支払を渋るなどの人も多い。
しかし、私のような仕事は物売りではないので大変契約に沿った支払をしてもらわないと、トラブルになります。
最近でも、このようなトラブルになったケースがありますが、そうした場合には決して許さないことにしています。
とにかく、仕事は一人で出来るものでは在りません。多くの仲間やプロジェクトが動いて完成させていきますので、このような経営者やクライアントが現れますと、大変ことになるのです。
私の場合には、プロジェクトの場合にはそれぞれの契約にしていただきますので、そのリスクは全くありませんが、私の下請け的業務をお願いした会社には大変なご迷惑をかけてしまいます。
そんなことが無いように、契約書を交わして仕事をしているのですが、それでも醜い経営者はなんだかんだとクレームをつけてきて支払をしないのです。
こんな経営者が大成するはずはありませんよね。
これまで、このような経営者に出会ったことも数多いですが、殆どの企業商店は、破産や業務閉鎖などに追い込まれています。
経営者は信用が第一ですから当然と言えば当然ですね。